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原田美佳子さんのお話

 原田美佳子さんは悪性腫瘍の治療を行う元外科医で、2005年から2年間はア
リゾナ大学でアンドルー・ワイル博士のもと統合医療を学びました。2014年
には1年かけて世界一周し、統合医療の現場を見学しました。今回は、32か国
をめぐる中で撮影した860枚のスライドとともに、各国の文化と医療事情につ
いてお話しくださいました。(2016年
4月12日、東京ウィメンズプラザ)

 原田美佳子さん: メディポリス東京クリニック院長。聖路加国際病院精神腫
瘍科非常勤医師。がん患者と家族のQOL向上を目的とした患者会支援活動、及びがんと心のサポートに関する啓発や情報提供を行う「ハートシェアリングネットワーク」の立ち上げメンバー。熊本大学医学部卒。日本外科学会元専門医。アリゾナ大学統合医療アソシエートフェロー。



 

 

 

 

 

 

―― 最初に訪れたのはハワイで、統合医療実践する病院として知られる、ハワ
イ島の「ノース・ハワイ・コミュニティ・ホスピタル」を見学しました。竹を植
えてある瞑想ルームがあり、患者さんは入院中でなくても好きなときに瞑想でき
ます。花の咲く小路をゆっくり歩みながら内面に意識を向ける、「ラビリンス」
というスペースもありました。病院はハワイの伝統文化を尊重していて、フラダ
ンスや船をこぐ取りくみなどの壁画を飾り、現地の人たちのサポートにも積極的です。
 ハワイ最大の病院は、ワイキキにある「クイーンズ・メディカルセンター」で、
そのがんセンターも見学しました。こちらは代替療法を積極的に取り入れているわけではありませんが、乳癌の患者さんのサポートが充実しています。食生活、ストレス、仕事状況などをノートに書きこみ、ボランティアのアドバイスを受けることもできます。「自分の健康は自分でマネージする」という発想は、アメリカ的だと感じました。

―― 次にグワテマラとコスタリカを訪れました。グワテマラは発展途上の国で、
人々は生きるのに一生懸命という状況で、衛生状態にも不安がありました。
 一方、コスタリカは軍事放棄したお金を社会福祉や教育に回し、観光に力を入
れているため、治安もよく、物価も食べものも欧米とかわりませんでした。ただ
医療については、患者さんの医療費負担はゼロではあるものの、急ぐ必要がある
手術でも待たされ、早く手術してもらうにはプライベートドクターにかかるためお金がかかるそうです。マーケット
には昔からの薬草を売るお店もありますが、西洋医学の普及が急がれて、代替療
法は淘汰されつつあるとのことでした。
 その後、ペルーから陸路でボリビア、チリ、パラグアイ、イグアスの滝からブ
エノスアイレスに飛び、パタゴニアに向かいました。世界最南端の都市ウシュア
イアを経由して、ブラジルからアメリカに飛びました。

―― マイアミ、ニューヨークから、シカゴに向かい、「ブロック・センター
・フォー・キャンサー・トリートメント」を訪れました。このセンターは外来化学療法室で抗癌剤治療もおこなっ
ていますが、代替療法もとり入れています。診察室にはバジルやレモングラスな
どハーブの名前がつけられ、和やかな雰囲気に調えられています。入院施設はあ
りませんが、毎日クッキングスクールが開かれ、食事療法を徹底的に教えていて、
ランチタイムに来院すると食事もできます。理学療法、心理療法の他、サプリメ
ントの処方もおこなっていました。
 シアトルでは、ナチュロパス(自然療法士)養成のための大学「バスティア大学」を見学しました。ナチュロパスは、ハーブの使い方や料
理法を患者さんに助言したり、サプリメントを処方したりする専門家です。学生
寮の庭には、ホメオパシーなどで使われるハーブが植えられていました。学生た
ちはハーブ全般に関する知識だけでなく、鍼も学んでいました。鍼治療は、肩凝
りや腰痛の他、癌の化学療法の副作用を減らすというデータもあり、欧米ではポ
ピュラーになっています。
 シアトルの町中にある大学付属クリニックで、私は癌専門のナチュロパスの診
療に陪席しました。ナチュロパスは、「副作用が強くて治療を続けられない」と
いう相談には、抗癌剤のレジュメをもとにまだ試していない抗癌剤があると助言
していました。
 ナチュロパスは、自然療法が適している患者さんにはそれを勧めますが、西洋
医学的な医療についての知識も豊富で、痩せている患者さんに対しては、自然療
法より先に栄養専門病院の受診が適切であると助言し、紹介状を書いていました。
このような連携が日本でもよい形で広がるといいなと思います。

―― ダラスではワイル先生が主催する栄養学会に参加、セドナ、グランドキャニオン、ラスベガス、
サンディエゴと回り、メキシコのティファナを訪れました。ティファナには代替
療法の専門病院がたくさんあります。中でも「オアシス・オブ・ホープ」は有名で、日本からも見学ツアーがあるほどです。
 音楽療法では、患者さんたちはスペイン語と英語の歌詞を見ながら歌っていま
した。歌詞は「神さま、病気を治して。私を助けて。私は一生懸命がんばってい
ます」というような内容で、ギターの伴奏で明るく歌っていました。車いすやス
トレッチャーに乗り、抗癌剤の点滴や酸素投与を受けながら参加している患者さ
んもいて、アラームが鳴ると看護師さんが手慣れた様子で対応していました。
 他にも、低用量の抗癌剤の投与、ビタミンC療法、温熱療法、食事療法などが
おこなわれていました。食事療法は厳格で、基本的に菜食、病院のレストランで
みんなとおしゃべりしながら食べることになっています。ここでは病人らしく振
舞ってはいけないとされ、昼間はパジャマではなく、なるべく普段の服を着るよ
う勧められます。
 「オアシス・オブ・ホープ」には世界地図が掲げられ、患者さんは出身地にピ
ンを打ちます。アメリカが一番多いですが、ヨーロッパ、南米、アフリカ、日本
からも患者さんが来ていました。この病院では、大腸癌、乳癌、肺癌でステージ
4とされた人の生存率が公表されていて、一般には5年生存率が10%に満たな
いものも、ここでは50%を超えています。統計の取り方の方法はあると思いますが、驚異的な数字です。
 印象に残ったのが、病院に掲げられた、「治癒は自分で勝ちとるものでも、医
者が与えるものでもない。ただ神のみが与えたもう」というスローガンでした。
患者も医者も、人間は自分にできることを精いっぱいするだけで、その後は神さ
まが決める。その考え方に賛同できない人は、この病院では受け入れません、と
いう意味です。ただし、信じる宗教は問いません。カトリックの病院なのでお祈
りの時間もありますが、仏教徒でもイスラム教徒でも、自分の信じる神さまに祈
ればいい。でも、神さまを信じない人はここでは受け入れられないというのが基
本姿勢でした。

―― キューバは、貧しいのに平均寿命80歳という健康大国として知られてい
ます。ただ、知人のお父さんを外国人用の病院にお見舞いに行くと、医療は日本
の昭和40年代の西洋医療でした。一般のキューバ人の通う病院は、設備がさら
に遅れているようです。キューバの平均寿命が80歳というのは、新生児医療に
力を入れているからではないかと思います。キューバは医者を育成し、世界各地
の社会主義国に赴任させて外貨を稼ぐのが一大産業になっているため、医者の流
出を嘆く声を聞きました。

―― ヨーロッパに渡り、ロンドンの「ロイヤル・ホスピタル・フォー・インテグレイティッド・メディスン」を訪ねました。この病院では、統合補完医療の1週間のプログラムに参加しまし
た。ここのピーター・フィッシャー院長先生は、エリザベス女王のホメオパシー
主治医でもあります。イギリス王室は代替療法に理解があり、女王はホメオパシー
がお気に入りだそうです。
 ロンドンではさまざまな病院を見学し、患者さんの心理サポート、ソーシャル
・サポートに力を入れていることが印象的でした。イギリスは国民皆保険で負担
0割ですが、公立病院は救急車で駆けつけても長時間待たされ、すぐ診察しても
らうにはプライベート・ホスピタルに行かなくてはなりません。日本ほど、ほぼ
平等の医療を受けられる国は世界にないと思います。
 フランスでは、ホメオパシーの国際学会で、癌の患者さんへの処方をテーマに
発表しました。フランスでもホメオパシーは盛んですが、ホメオパシー医の高齢
化に歯止めがかからないそうです。
 奇跡的治癒が起きるといわれる、ルルドの泉も訪れました。立派な教会があり、
だれでも自由に水をのむことができます。沐浴場もありました。ストレッチャー
に乗せられて、瀕死の状態でここを訪れる人もいます。ルルドには、他の医学的
手段ではなく、ただルルドの水のみによって奇跡的治癒がもたらされたかどうか
審査する病院があり、これまで69例が認められています。
 スペインは、バルセロナの「サンパオ病院」を見学しました。医療とアート
の融合をテーマに、200年前に建てられた病院建築が残っています。ステンドグラスがきれい
で、病院の窓からサクラダファミリアが見えます。ただ、手術室でも光が入りす
ぎて室温が上がりすぎるなどの難点もあり、ここはすぐに使われなくなったそうです(笑)。

―― トルコを回ってから、ブルガリアはソフィアにある徳洲会系の徳田病院を
見学しました。ブルガリアはEUに加盟してから、優秀な医者がドイツやイギリ
スに流出して問題になっており、徳田病院は地元の人たちに感謝されていました。
 チェコスロバキア・オーストリア・ドイツを経由してインドに渡り、ガンジス川で沐浴しました。イン
ドでは牛は聖なる動物と考えられ、牛の尿は糖尿病などの薬としてのまれていま
した。
 南インドでは17日間のアーユルヴェーダの教育プログラムを受けました。アーユルヴェーダでは体質を七つに分け、運動をしたほうがいい人・しないほうがいい人、オイルマッサージが合っている人・ドライマッサージがいい人など、細かく決まっています。アーユルヴェーダのクリニックには3日間陪席しました。ドクターは丸薬や目薬など、いろいろな薬を手作りしていました。足切断のリスクがあった患者さんも回復していました。

―― タイ、マレーシア、スリランカと回り、ミャンマーの僧院で瞑想修行し、托鉢もしました。ミャンマーの伝統治療院にも行きましたが、外国人は奥まで見学できませんでした。民間治療をするところは、どこも仏像を飾ってあるのが印象的でした。インドネシアのバリ島では、足裏を棒で押す治療を受けたり、自然療法のレクチャーを受けたりしました。
 カンボジアは、ポルポト政権のとき医者がほぼ殺されてしまい、解放された時、医学部生を入れても17人しか生き残っていませんでした。医者がいなくなったので伝統医療を継承するおばあさんたちが活躍しているそうですが、国として目下の課題は、西洋医学の医者の育成です。
 ベトナムの伝統医療は、ほぼ中国医療にちかいものでした。陰陽や経絡の理論、
生薬も中国医学系です。さいごは台湾に渡り、そして日本に帰ってきました。

―― 旅行を終えた感想としては、世界のどこかに私の知らない突出した医療が
あったわけではありません。その意味では、日本はすでにあるべきものは揃って
います。
 新しい病院をつくれば理想的な医療ができる、というものではないでしょう。
いま必要なことは、患者自身が従来病院にお任せだった医療を自ら選び、自分で組
み立てていくことです。そのためには、最先端の西洋医学から代替補完医療まで、
幅広い情報が必要です。私はクリニックに勤務しているので、患者さんの要望に
応じてアドバイスしたり、病院やセラピストを紹介したりしています。
 アメリカでは、complimentary and alternative medicine(補完代替医療)という言葉から、
integrated and complementary medicine(統合補完医療)という言葉への転換
が見られます。これは、伝統医療が西洋医学の代替となるわけではなく、西洋医学と他の療法がお互いに足りないところを補い合いながら、その人にとっていい医療を探していくことが必要、ということだと思います。
 唯一の正しい治療法は存在しません。すべての人に抗癌剤というのも、すべて
の人に自然療法だけというのも違いますし、トライアンドエラーを繰り返しながら進めていくのが治療であり、その人の人生なのだろうと思います。

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