天外伺朗さんの講演録

★2018年11月1日 瞑想会より

 「気」は、現代のサイエンスでは扱えないエネルギーで、気を測定する装置は、今のところ存在しない。気功師が気を出しているときは、電磁波や音波が出ることが測定されているが、それらは二次効果であって、気そのものではない。
 現在サイエンスが扱える「力」は、重力、電磁気力、弱い核力、強い核力の四つ。
 強い核力、弱い核力は、きわめて近くまでしか働かない。その理由は、核力のエネルギーをつかさどる素粒子は質量があり、ある距離以上に飛び出すと、自分の質量で自ら分解してしまうため。
 一方、電磁気力をつかさどるフォトン、重力をつかさどるクラビトンには質量がなく、遠くまで働く。
 ところで、「気」は、南半球と北半球で回り方が違うことから、「コリオリの力」が働いていると推測される。コリオリの力は、質量がある粒子に対してのみ作用することから、気をつかさどる素粒子は、質量があると推測できる。
 しかし、気のエネルギーは、遠隔でも作用する。遠隔気功は気功を習うと比較的簡単にできるようになるが、動作原理はわからない。電話で話しながら施術すると治療しやすいという現象もあり、その仕組みはサイエンスでは解説できない。
 気は、手から出すことができる。手のひらのツボから出る気は医療的に使われることが多く、指先から出る気は武道に使われることが多い。
 たくさんの人が輪になって瞑想すると、サークルの真ん中にエネルギーの柱が立つ。エネルギーの柱には治療効果があり、体調の悪い人にサークルの中に入ってもらうと、回復することがある。エネルギーの柱は、ひとりでも立てることができる。たとえば、感天柱という気功は、体を回すことによってエネルギーの柱を立てていく。

 瞑想による超越状態には、無呼吸になる場合と、呼吸がゆったり深くなる場合があり、どちらがより深い瞑想ということはない。
 座禅のときは、呼吸を数えるうちに、呼吸がゆったりと深くなる。ボディワークを受けながら瞑想状態に入るときも、呼吸は深くなる。
 一方、マントラ瞑想のように声を出す瞑想のときは、瞑想が一定以上に深くなると声が出せなくなり、無呼吸に近づく。

瞑想を実践しても、ふつうは危険なことは起きにくい。初心者は霊界に入ることがあるが、害を受けることはめったにない。
 霊界に入ったときは、衣擦れの音がすることが多い。あるお寺で、大人数で瞑想していたとき、衣擦れの音や天井を走り回る音をほとんどの人が聞いた。そのときは、般若心経を唱えたらぴたりと止まった。「お地蔵さんが遊んでいたのが見えた」という人もいた。お寺のご本尊はお地蔵さんだったので、瞑想を喜んでいたのかもしれない。
 瞑想で最も危険なのは、キリストなどのビジョンが見えて、「自分は悟りを開いた」と、舞い上がってしまうこと。それらのビジョンでは、実際によい助言をもらうこともあるが、「悟りを開いた」と勘違いしたら、その人はそれ以上成長できなくなる。
 ぼくたちは、そういう状態を「教祖どまり」と呼び、心理学者ユングは「魂のインフレーション」と呼んで警告した。その状態が行き過ぎると統合失調症になるし、ユング自身もその境界上にいたようだ。
 伝統的な宗教では、瞑想中にビジョンが見えても、冷静になれるシステムが整えられている。たとえば、道元は、座禅中に仏が見えたら「槍で突き殺せ」と教えた。神秘体験したときに舞い上がりにくいという意味では、きちんとした指導者について瞑想するほうが、より安全だといえる。

 外側で起きていることは、内側で起きていることの反映である。内側がととのうと、外側もととのっていく。天外塾では、瞑想によって内側をととのえることで、偶然とは思えないいろいろなことが起きてくる。
 たとえば、怒りの解消の瞑想をしていると、家じゅうの電気製品が壊れるケースもよくある。冷蔵庫、照明、洗濯機、パソコンと、ひととおり壊れたのちに、怒りの解消がすむ。人間のもっているエネルギーはきわめて強い。
 「感謝の瞑想」も、とてもパワフルな方法論である。離婚した後、前のパートナーに対して感謝の瞑想を続けたところ、何年も会えなかったお子さんに街中で偶然会えたという人もいる。
 感謝の瞑想とは、心にもない感謝の言葉を作って、何千回と唱えること。いやな出来事を心の中で羅列し、さいごに「ありがとうございました」とひっくり返すのがポイント。「ありがとう」という言葉は口先だけでよく、思いをこめる必要はない。
 たとえば、上司にひどい仕打ちをされたら、そのときの自分の嫌な感情をありありとよみがえらせてから、「おかげで私は鍛えられて、強い人間になりました。ありがとうございました」と、感謝の言葉を述べる。これを何度と続けていく。

 生霊の影響は、結界を張ることによって防ぐことができる。生霊に困っている人に、インディアンの結界の張り方を教えたら、効果があったようだ。
 以前、岐阜の山中でビジョンクエストをしたとき、結界の中には蚊の一匹も入ってこなかったことがあり、結界の効力を実感した。そのときの結界は、インディアンが使うより大きな石を、神主さんが108個も用意して、しかもお清めしてくれたために、きわめて強力な結界となった。
 ビジョンクエストとは、山中に3日間こもって断食する、インディアンの15歳の少年の通過儀礼のこと。こもるときは結界を張るが、結界を破って入ってくるものは創造主のお遣いだから、もしガラガラヘビが入ってきたら噛まれて死ね、と教えられる。
 岐阜のビジョンクエストでは、参加者の一人のところに蛇が寄ってきたが、結界の境界に沿ってにょろにょろと這い、結界の中には入ってこなかった。

 場を清める方法としては、部屋の四隅に粗塩を置き、その上に線香をさして、般若心経を唱えるという方法もある。霊は線香にふらふらと引き寄せられ、そのまま塩に閉じ込められるといわれる。線香が燃えつきたら、下に敷いておいた紙を燃やし、塩もフライパンで焼いてから、捨てるといい。
 護身として効力のあるマントラは、般若心経の「ぎゃーてーぎゃーてー はーらーぎゃーてー はらそーぎゃーてー ぼじそわか」や、不動明王のマントラ「のうまく さんまんだ ばざらだん せんだん まかろしゃだ そわたや うんたら かんまん」、真言宗の御宝号「南無大師遍照金剛」など。これらを休止符なしで唱え続ける。
 稲森和夫さんは、経営において最も効果的なのは、アメーバ経営などのハウツーよりもマントラを唱えることだ、と語っている。
 稲盛さんは臨済宗の僧籍をもっているが、小学生の頃、鹿児島の隠れ念仏のお寺で「なんまん なんまん ありがとう」というマントラを授けられた。そのときから稲盛さんはずっとそのマントラを唱えているので、体にしみこんで、強力に効くようになった。稲森さんの経営塾「盛和塾」では、塾生7000人がこのマントラを唱えている。

★2018年12月 断食瞑想会より

 断食は細胞にとって緊急事態なため、眠っていた生命力が発揮されて、ふだんと違う状態にシフトし、通常では不可能なことが起きる。
 クローン羊のドリーは、一つの乳腺細胞の培養から誕生した。ふつう乳腺細胞は乳腺細胞にしか分化しないが、培養液の濃度を20分の1に希釈して、いわば断食させたところ、乳腺細胞が幹細胞として分裂して、一匹の羊になった。
 断食すると、血液中のグリコーゲンが通常の二倍になり、免疫力が高まる。また、断食してしばらくすると、陰の排毒が起きるので、気分が滅入る人もいる。
 陰の排毒の後は、陽の排毒が始まる。怒りっぽくなったら、陽の排毒が起きているということ。身体的には、湿疹が出ることもある。

 甲田光雄さんは、あらゆる病気を断食で治した。脊髄小脳変性症という、小脳が委縮する難病にかかった森美智代さんは、甲田療法を実践して病気を治し、その後もほとんど不食の暮らしを続けている。森さんは、青汁を一日一杯のむだけで二十年以上過ごしていて、痩せてもいない。
 甲田さんは、食事を減らすと体重は減るが、ある時点で少し戻って、そののちは安定するという。それが断食体質になった、ということ。
 甲田さんは、一日500キロカロリー以下で体重が減らない人を「仙人」、1000キロカロリー以下で体重が減らない人を「準仙人」と呼んだ。森さんの場合、青汁一杯は50キロカロリーにすぎない。
 ぼくは170センチ63キロで何十年も生きてきたが、断食瞑想するようになって50キロまで減り、さらに少し増えて53キロで安定した。その後、不食のジャスムヒーンさんのワークショップを受けて、48キロまで減った。50キロを切っても辛くなかったが、筋肉が落ちて、足にしわが増えた。
 その後は、一日一食を続けながら体重は少しずつ戻り、53キロまで上がって、それからずっと53キロをキープしている。これは高校一年のときの体重と同じで、それがぼくの標準体重なのだと思う。
 ぼくは断食体質だが、不食の体質ではない。ただ、おなかはあまり空かないし、だんだん食べなくてすむようになっていくだろうと思う。
 断食すると、最初に燃えるのは血液中の脂肪、そして内臓の脂肪、さいごに皮下脂肪。もともと痩せている人が断食するとすぐに皮下脂肪が燃えるが、脂肪がたくさんついている人は、三日間の断食瞑想くらいではそこまでいかない。つまり、この断食瞑想では、痩せている人は痩せるが、痩せたい人は痩せないことになる。ただ、痩せる準備にはなる。
 断食と瞑想を組み合わせると、絶妙の効果がある。瞑想すると、代謝が落ちて食欲も落ちるため、比較的スムーズに断食できる。また、満腹でないほうが瞑想に入りやすく、断食は瞑想を深める働きがある。
 なお、断食の効用として宿便の排出があげられるが、宿便は瞑想していないと出にくい。

 瞑想は、大脳新皮質の働きを低下させるのが基本。上級編として、瞑想状態を保ったまま、大脳新皮質を活性化するというトレーニングがある。
 数を数えながら瞑想する方法では、「1~10」を繰り返し唱えるようにすると、大脳新皮質をそれほど使わなくてすむが、「・・・31,32、・・・」と数え上げていくのは、大脳新皮質を刺激することになる。
 初心者は「1~10」または「ひとつ、ふたつ・・・とお」を繰り返すほうが、深い瞑想に入りやすい。特に、「ひとつ、ふたつ・・・」はマントラになっているので、「いち、にい、さん」より瞑想に入りやすい。
 瞑想中に呼吸が落ち、無呼吸に近くなることがある。呼吸筋が動かなくなっても、横隔膜は動いているので、心配いらない。要は、ベンチレーションしなくても入ってくる酸素で、生命が維持される状態になる。ヨガは、そのような境地を「至福の無呼吸状態(ケーヴァラクンバカ)」と呼ぶ。

 宇宙の計画は、人間の分際で立てた計画より大きい。夢も希望ももたないようにすると、人生の展開はもっとすばらしくなる。
 ぼくは予算4億円、11人のエンジニアで、NEWSというワークステーション(専門家向けコンピュータ)プロジェクトを立ち上げ、通産省が250億円の予算を組んで日本中のコンピュータ・メーカーを巻き込んだ国家プロジェクトを圧倒したことがある。
 何百億円もかけた国家プロジェクトが、なぜ失敗するのか? それは、大脳新皮質で分析する論理だけで、プロジェクトを進めようとするからだ。
 ぼくはそれを「大脳新皮質シンドローム」と名付け、それをテーマに本を書こうとした。ところが、その要因を探っていくと、学校教育が大脳新皮質しか鍛えていないことにあることがわかった。そこで、教育界に対する七つの提言をまとめた段階で、意図していないのに、この本は教育書になってしまい、「教育の完全自由化宣言」というタイトルに変更した。
 この本は、下村博文議員の目に留まり、主として彼の野党時代に3年間ほどブレーンを務めた。彼の著書『下村博文の教育立国論』の政策部分は、ほぼ僕の提言のコピペだ。後に彼が文科大臣になると、その一部が法案として馳議員(次の文科大臣)から提出された。残念ながら、自民党内部の大反対で、その法案は不登校児の支援に、矮小化されてしまい、ようやく国会を通った。教育の素人であるぼくが、国の教育政策に影響を与えるような流れになるとは、考えて計画してできることではない。
「計画を立てる」という文化がないのが、アメリカインディアン。以前、ホロトロピックネットワークでセドナ旅行を企画したとき、アメリカ在住の山崎佐弓さんが長老との打ち合わせを担当した。
 現代人なら電話で5分話せばすむことを、長老に「会ってきちんと話す必要がある」と言われ、彼女は三日間、居留地に宿泊した。しかし、段取りを決めようとするとはぐらかされ、何も決まらないまま居留地を後にすることになった。
 佐弓さんは「ツアーは無理」と諦めかけたが、帰りのドライブ中、光かがやくUFOが飛んでくるのを見た。車から降りて、「We are ready, take us!(準備はできている!連れていって!)」と叫ぶと、光は飛び散って天使の姿になった。
彼女は「このツアーは祝福されている」という信念をもち、結局ツアーは開催されて、すばらしいものとなった。
 計画を立てるのは、不安があるから。しかし、不安があるうちは、宇宙の流れには乗れない。不安にもとづかない推進力をもつなら、宇宙の流れに乗ることができる。
 これは単純な原理だが、実行するのは難しい。この原理を、私は「エゴが立てた計画を捨てると、宇宙の流れに乗れるようになる」と説明している。

 天外塾では、六か月間、「考えない、行動しない、判断しない、コントロールしようとしないで、ただ感じる」ことをトレーニングする。これは経営者にとって、ほとんど拷問のようなもの。
 瞑想は、不安を手放し、「考えない、行動しない、判断しない、コントロールしようとしない」アプローチを学ぶのに役立つ。




 

 

 

 

 

 

<断食瞑想会 参加者のご感想(一部)>
・瞑想が深くなると、数える声が出なくなるとともに、あらゆる方向から音が聞こえてくるようになった。グレゴリオ聖歌のような声や、読経のような声が聞こえてきた。声を響かせながら数を唱えるとか、聞こえてきた音に合わせて声を出すなど、実験をしてみた。心地よくて、瞑想をもっと長く続けたいと思った。
・宇宙のリズムに沿って生きることの意味を感じた。
・初日は頭痛があったが、その後は空腹が落ち着いた。二日目くらいからはあまり食べなくても生きていけると感じたし、これまでは「取り入れる」ことにフォーカスしすぎていたと気づいた。
・断食瞑想を終えて、焦っていない自分がいる。以前はとても焦っていたが、心が落ち着いている。心配事が消えて、自然体で生きられるような気がしている。
・以前の断食瞑想では二日目の夜から体調を崩したが、今回は以前ほど大変でなかった。初日から鳥のさえずりのような幻聴が聴こえた。
・今朝は頭痛で目が覚めたが、瞑想するうち体調もよくなり、体が軽くなった感じがする。不安から逃れたくて仕事のことばかり考える癖があり、そのような思考のサイクルから逃れたくて、瞑想を始めた。 瞑想したら無になるかというとそうでもなく、瞑想中も仕事のことを考えてしまった。でも、いつものように不安からではなく、穏やかに考えることができて、それも瞑想の効果なのだろうと思う。瞑想は自宅でも続けていきたい。
・瞑想中、さまざまな音が聞こえてきたり、映画のようにいろいろな景色が浮かんできたりした。
・腸内環境の大切さがよくいわれているが、この断食でリセットできたので、合宿後の日々もていねいに暮らして、腸内環境をととのえていきたいと思う。
・断食中は吐き気がして、胃液を吐くことの繰り返し。ただ、参加するごとに少しずつ体調がよくなるので、断食瞑想の合宿には何度も参加している。

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