「つ・む・ぐ ――織人は風の道をゆく」(吉岡敏朗監督)上映に、船戸崇史先生がいらして、ご講演くださいました。映画「つ・む・ぐ」は、タイ東北部で布を織る暮らしを縦軸に、ゆかりのデザイナー、医師、歌手の生きざまを縦軸にしたドキュメンタリーです。作品中は、手つむぎ、手織り、天然染めの布を使った、「うさと」の服が生まれるプロセスも描かれています。船戸崇史先生は「うさと」の愛用者でもあることから、映画にご出演されました。お話の一部をご紹介します。(2014/10/8東京ウィメンズプラザ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 船戸崇史さん  

 私は、岐阜で癌患者さんたちの診療をおこなっています。映画「つ・む・ぐ」には、当時の患者さんたちの姿も映っていて、そのなつかしいご様子に、涙がこぼれます。 撮影後、天に還られた方も多くいらっしゃいます。みなさん、ほんとうに、かっこよく逝かれました。 この映画には、私の人生が映っています。私はこれまで、たくさんの方と出会い、別れてきました。そしていずれ、私もあちらに逝くでしょう。 7年前、私は腎臓癌の手術をしました。癌になってようやく、私を仲間と認めてくれた患者さんもいます。私がにこにこしていると、患者さんに「先生も癌なのに、どうして笑えるの」と目を丸くされ、親しくなることもあります。  人はいずれ必ず、逝くことになっています。若くして還られた方たちを思うと、私は「自分はここまで生きていてよかったのか」と考えることもあります。 それでも、人は最期の瞬間まで、生きる時間を与えられています。私はそれを、先に還っていった方たちから気づかせて もらいました。  私は、消化器外科が専門です。ブラックジャックに憧れて、外科を選びました。消化器の動きは、循環器と違って数値化しにくく、そこを興味深く思いました。  消化器外科は、盲腸、脱腸、ヘルニアなどの手術もしますが、胃癌、大腸癌など、消化器系の癌の手術もします。それが、癌患者さんとの出合いでした。  医者になった当初は、「きれいに切りとれたら癌は治るだろう」という期待がありました。しかし実際はそうはいかず、何度もショックな出来事を体験しました。 特に印象に残っているのが、40歳くらいの患者さんです。美しい人でした。末期で手術はできず、抗癌剤だけで治療していました。 私が主治医として診察にいくと、笑顔がありません。体調が悪いのだろうと思っていましたが、その方は看護師さんと話すときは、にこにこ笑うのです。  後から気づいたのですが、私は彼女にとって、抗癌剤などつらい治療をする人にすぎなかった。一方、看護師さんは、「ひな祭りだから折り紙しましょうか」と語りかけるなど、いまの暮らしに寄り添っていました。  その方が亡くなってから、私は悩みました。私は彼女に、幸せを提供できただろうか。病気だけに注目して、むしろ苦しめていたのではなかったか。 上司の先生に、そんな疑問を投げかけると、「きみの仕事は、癌を切ることだ。次の患者さんが待っているぞ」という答えが返ってきました。 悶々としたまま10数年がすぎ、長い惑いののちにようやく、私は「癌を切っても、癌の原因をとらないかぎり、治したことにはならない」と考えるようになりました。 自分のメスで、人を救っているとは思えない。これはメスではなく、むしろドスかもしれない。人の命を、縮めているかもしれない。  そんなころ、私は、末期の患者さんから「家に帰りたい」というつぶやきを、聞くようになりました。 「病院を終の棲家と思えない。自宅で死にたい。けれど、退院したら家族に迷惑をかけるし、医療も受けられない」という本音を知って、私はひらめきました。 私が開業して、在宅での看護と看取りをサポートすればいいのだ、と。  開業してからは、ほんとうにたいへんでした。看取りの依頼はまったくなく、来院するのは子どもたちばかりです。 開院当初は時間があるので、お母さんの話に耳を傾け、ていねいに説明するうち、「あのクリニックは小児科がすばらしい」と評判になりました。 私は子ども好きですが、かわいい子どもに注射するのは気の毒だし、小児科は薬価計算もややこしく、手間ばかりかかります。  理想とする医療ができないまま、開業のための借金を抱えて、私は鬱になりました。 こんなことなら、病院に残り、手術を続けていればよかった。――そう後悔していたとき、ある人から、「あなたの人生、まったく順調ですよ」と言われました。  目から鱗が落ちました。その人は、さらに、こう続けました。 「たしかに、思い通りでは、ないかもしれない。でも、予定通りです。そして、その予定を立てたのは、あなた自身です。嘘だと思ったら、あの世にいって見てきたら」 私には、「あの世」を見てくる能力はありません。けれど、見える人にはそのように見えるのでしょう。なぜかとても納得しました。腑に落ちたのです。 考えてみると、苦しみは、自分の思い通りにしようとするために生じます。けれど、人生の出来事は、自分が予定した通りに起きているだけです。 のりこえられるからこそ試練はあり、のりこえられない試練はない。そう気づいて、私は楽になりました。 あらためて振りかえると、私が医者になったのも、外科を選んだのも、メスを棄ててこの道を歩み始めたのも、いまから思うと必然でした。 私は、次男だったこともあり、親には「好きなように生きなさい」と言われて育ちました。先日、ノーベル賞を受賞されたかたが、インタビューで、自分の好きな道を徹底して歩むことのたいせつさを述べておられたとき、私は、なるほどと納得しました。 これからも、私は自分の好きな道を忘れず、日々を歩んでいこうと思います。

 

 

 

 

 

 

                                        

 

 

 

              「すべてはうまくいっている」

 

 

船戸先生プロフィール:1959年岐阜県生まれ。「船戸クリニック」開業。西洋医学のみでなく,東洋医学,補完代替医療等を取り入れた,独自の診療を続けている。在宅医療に力を注ぎ,在宅での看取りもサポートする。クリニックには,リハビリやグループホームなどの介護サービス施設や自然食レストランも併設されている。著書多数。 (文責 矢鋪紀子)

 

 

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